2025.12.1 mon 13:30
紅葉の本家力軒にて
弁慶力餅とぜんざいをいただき
三井寺文化財収蔵庫で
勧学院客殿の実物障壁画を鑑賞したあと
向かった先が三井寺の南東に位置する・・・
三井寺・観音堂
途中、毘沙門堂を横目に、、、
赤に染まる長い石段を昇り、、、
無事に観音堂到着。
元禄2年(1689)に再建されたお堂だとか。
観音堂のそばには観月舞台、、、
そして、三井寺2つめの鐘楼。
1814年建立のこの鐘楼には
かつて「童子因縁之鐘」という
生贄伝承のある鐘が吊られていたとか。
おおよそこんなお話だ。
江戸時代1800年代の初頭、三井寺の僧侶たちが此処に新しい鐘を鋳造するため、大津の町へ寄進を募って歩いていた。
そこで大津町一番の富豪の家を訪ねたところ、その主人は非常にけちで「金など一銭も出せない。うちには子供が3人いるが、金よりは子供を出す方がましだ」と僧侶を追い返してしまった。
なんとか鐘が無事に完成し、いよいよ初めて撞く「撞き初め」の日、鐘の表面に、なんと3人の子供が仲良く遊んでいる姿が浮かび上がってきたんだとか。
ちょうどその時、あの富豪の家の子供たち3人が、忽然と姿を消していた。
富豪の主人は自分の放った「金より子供を出す」という言葉が、因縁となって現れたのだと深く後悔し、これまでの強欲を改めて善行に励むようになったという。
なお、「童子因縁之鐘」は
戦時中に金属供出されたらしく
現在実物は存在していないとか。
さて、観音堂に参拝したあと
さらに石段の坂道を昇り、、、
紅葉の絨毯を横目にしながら、、、
高台に立ってみると、、、
琵琶湖の絶景と、、、
紅葉に染まる比叡山も。
観音堂エリアからのこの景色見逃す莫れだ。
さ、紅葉の坂道を降りて
いよいよ三井寺最終回を迎えるだ。
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□
今も昔も日本人の容姿は変わってないネ。











