鎮魂の白い東京スカイツリー。
※タワー上部のみ白いライトを発光
1945年3月10日午前0時7分、
過去の空襲最大規模となる
279機ものアメリカ軍大編隊が
現在の江東区・墨田区・台東区
中央区への集中爆撃を開始。
この東京スカイツリーのある
墨田区押上も言うに及ばず
激しい焼夷弾の爆撃に晒され、
スカイツリーの真下にある
今は美しいこの北十間川も
炎の熱さで耐え切れず
この川に飛び込んだ人たちで
溢れかえったとか。
そして、
その多くの人たちが
水の冷たさで凍死したとか。
焦土と化した東京。
現在の墨田区両国駅上空から
南に向けて撮影された写真。
右側にある川は隅田川、
右手前に見える橋は新大橋、
その少し先にあるのが清洲橋。
手前に見える丸い建物は
回向院の境内にあった旧国技館。
因みに旧国技館の左側辺りが
忠臣蔵の大一番の舞台となる
吉良邸のお屋敷があった場所。
当時の警視庁の調査での
空襲での被害数は以下の通り。
死亡:8万3793人
負傷者:4万918人
被災者:100万8005人
被災家屋:26万8358戸
東京マラソンの参加者数の
2倍以上の方が亡くなったなんて
ちょっと想像できません。。。
合掌。