完・麒 麟 が く る 。

麒麟がくる 明智十兵衛光秀

明 智 十 兵 衛 光 秀


ついに完結してしまった

2020 大河ドラマ『 麒麟がくる 』。

史実とやや異なる展開はさておき・・・

本能寺に出陣する

明智光秀の甲冑姿は

大河ドラマ史上

最高の出来ではなかったかと。

長谷川光秀カッチョ良すぎデス。

 

□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□

信長公記

ロスに備えて
を読書中。

麒麟ロスに備えて一次資料の「現代語訳 信長公記」を読書中。

光秀の饗応役記述部分抜粋・・・

5月15日、徳川家康は近江の番場を出発し、安土に到着した。信長は「宿坊は大宝坊がよかろう」言い、接待のことは光秀に命じた。光秀は、京都・堺で珍しい食料を調達し、大変に気を張って接待した。接待は15日から17日まで3日間に及んだ。

ー中国方面に出陣していた秀吉から毛利輝元・吉川元春・小早川隆景と対陣中にある旨の知らせを受け、信長は毛利一党を一掃できるチャンスと捉え、明智光秀・細川忠興・池田恒興・塩川吉太夫・高山右近・中川清秀らに先陣として出陣する命令を急遽下し、自らも出陣することを決定したー

5月17日、明智光秀は安土から坂本に帰城し、その他の面々も同様に国元へ帰って、中国出陣の用意をした。

この時点で光秀が信長に足蹴にされ折檻されたという記述は一切なし。

5月19日、引き続き安土の総見寺にて家康を接待(饗応役は不明)・・・中略・・・この日、梅若太夫が能を演じた。ところが、能は不出来で見苦しかったので、信長は大変立腹して梅若太夫をひどく叱責した。

梅若太夫に対する信長の叱責については、この席にいた堺の茶人・津田宗及の『宗及他会記』でも同様に記述されてます。

以上のことより、信長に叱責されたのは光秀ではなく梅若太夫のことで、光秀が信長に足蹴にされた上、食い下がって森蘭丸に殴打されたという実しやかな噂は、梅若太夫の叱責から転じ後世に盛られたデマという可能性が大???