2025.11.11 tue 13:30
奥嵯峨でもうひとつ。
藤原定家が百人一首を編纂した場所は
定家の山荘『小倉山・時雨亭』とされているが
その時雨亭のあった場所については諸説存在する。
2018年秋に参拝した常寂光寺や二尊院
そして、今回お邪魔した厭離庵がその候補地のひとつだ。
もともと定家・為家の塚が残るのみとなっていたが
元文元年(1736年)の頃、定家の子孫である
公家の冷泉家がわずかに残っていた土台石をもとに修復し
霊元天皇が『厭離庵』という号を授けて
白隠禅師の弟子の霊源が開山したのに始まったという。
がしかし、、、
こんな細道の奥にあるとは知らず
無駄に30分も時間を浪費してしまった(汗)
山門が見えたときはホッとしたよ。
因みに拝観料は500円
実は山門手前を右に行くと
定家塚(定家卿墳遥拝所)や
定家の嗣子であった藤原為家の墓が
残されているんだけどまんまと見逃した(涙)
「庵」が名につくだけあって質素そのもの。
右に見えるのが書院
紅葉見るにはさすがにちと早かった。
本堂
ついに『時雨亭』発見!
因みにこの茶室『時雨亭』は大正期に造られたとのこと。
もちろん此処が定家の山荘『小倉山・時雨亭』の跡地であったかどうかは誰も知らない。
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□
この視点で見るとベッツの守備はイケてるよねえ。










