2025秋 京都の旅 vol.05 厭離庵。

厭離庵

2025.11.11 tue 13:30


奥嵯峨でもうひとつ。

藤原定家が百人一首を編纂した場所は
定家の山荘『小倉山・時雨亭』とされているが
その時雨亭のあった場所については諸説存在する。

2018年秋に参拝した常寂光寺二尊院
そして、今回お邪魔した厭離庵がその候補地のひとつだ。

もともと定家・為家の塚が残るのみとなっていたが
元文元年(1736年)の頃、定家の子孫である
公家の冷泉家がわずかに残っていた土台石をもとに修復し
霊元天皇が『厭離庵』という号を授けて
白隠禅師の弟子の霊源が開山したのに始まったという。

がしかし、、、

厭離庵

こんな細道の奥にあるとは知らず
無駄に30分も時間を浪費してしまった(汗)

厭離庵

山門が見えたときはホッとしたよ。

因みに拝観料は500円

実は山門手前を右に行くと
定家塚(定家卿墳遥拝所)や
定家の嗣子であった藤原為家の墓が
残されているんだけどまんまと見逃した(涙)

厭離庵

「庵」が名につくだけあって質素そのもの。

厭離庵

厭離庵

右に見えるのが書院

厭離庵

厭離庵

紅葉見るにはさすがにちと早かった。

厭離庵

本堂

厭離庵

ついに『時雨亭』発見!

厭離庵

厭離庵

因みにこの茶室『時雨亭』は大正期に造られたとのこと。

もちろん此処が定家の山荘『小倉山・時雨亭』の跡地であったかどうかは誰も知らない。

 

□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□

この視点で見るとベッツの守備はイケてるよねえ。