悠 々 と し て 開 高 健 記 念 館 へ 。

悠々として急げ 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (6)

悠々として 急げ。 開高健


2016年4月9日(土)晴天の日、

茅ヶ崎海岸の近くに今も残る
文豪 開高健先生の旧邸宅、

現在は茅ヶ崎市に寄贈され、
開高健記念会によって
運営委託されている
憧れの開高健記念館
初めてお邪魔してきました。

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (2)

コチラがその旧邸宅。

烏帽子岩が目の前に見える
茅ヶ崎海岸から徒歩で約3分、
閑静な住宅街の中にある
白い壁が印象的な建物デス。

1974年、東京・杉並から
家族から逃げ出すかのように
この茅ヶ崎の新居に引っ越しし、
1989年12月9日に開高先生が
お亡くなりになってから
26年経過するもボランティアの
皆様のご尽力によって
建物は未だ健在であります。

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (4)

エントランスの門には
開高健先生のお名前と
奥様の牧洋子夫人のお名前が。

北 康利著書の
佐治敬三と開高健 最強のふたり

に書かれた開高健先生の
生き様に魅せられて以来、
この記念館に訪問するのを
楽しみにしていました。

入ってきて人生と叫び、出ていって死と叫ぶ 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (3)

門正面の石には、
かの有名な名言がどっかりと。

入ってきて
人生と叫び
出ていって
死と叫ぶ

哲学者の小経 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (5)

エントランス左には、
かの有名な名言、

悠々として
急げ

開高 健

そして、敬愛する島地勝彦先生
開高先生の編集担当だった頃、
牧羊子夫人に訪問がばれないよう
匍匐前進をして開高先生の
書斎まで辿りついたという
「哲学者の小経」が
その右側に続いてます。

ま、島地先生は奥様に
嫌われてたってことですね(笑)

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (41)

入場料は無料なんですが、
エントランスすぐの場所で
記帳だけ済ませます。

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (42)

4月24日(日)までは
開高健と柳原良平展
二人のトリス広告史やってます。

柳原良平さんはかの有名な
サントリーのキャラクター
「アンクルトリス」の生みの親デス。

常設展示 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (23)

建物の中に入ると、
元々リビングだったと思われる
空間が目の前に広がります。

この部屋では常設展が開催され、
開高健先生ゆかりの品が
これでもかと閲覧できます。

常設展示 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (22)

テレビ映像も放映されます。

常設展 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (9)

上のほうに目をやると、
ベトナム戦争ザ・マック作戦
従軍時の貴重な写真が。

常設展 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (10)

巨大なトナカイの剥製も。

開高健記念館 開高健旧邸宅  リビング kaikoken_museum (47)

年表 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (14)

常設展 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (11)

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (7)

芥川賞 受賞記念の懐中時計 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (8)

「裸の王様」での
芥川賞受賞記念の懐中時計。

元々は腕時計だったものを
後年ロンジンに掛け合って、
懐中時計に替えてもらったとか。

ベトナム戦争従軍時の携帯品 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (12)

ベトナム戦争、
朝日新聞特派員時の携帯品

ベトナム戦争従軍時に着用していたヘルメット 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (15)

ベトナム戦争、
ザ・マック作戦従軍時に
着用していたヘルメット

愛用のパイプ 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (16)

愛用のパイプ

ジッポーのライター 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (17)

戦場のジッポ

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (24)

続いて企画展の部屋へ

開高健と柳原良平展
二人のトリス広告史

開高健記念館 開高健旧邸宅 開高健記念館 トリスウィスキー ポスター 人間らしくやりたいナ。 kaikoken_museum (1)

「人間」らしくやりたいナ

トリスを飲んで

「人間」らしくやりたいナ

「人間」なんだからナ

※1961年に発表されたコピー

コチラでもご紹介済みですね。

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (26)

数々の写真と広告画

44歳以前の書斎?開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (25)

沢山の書籍だけでなく、
ウィスキーとワインもずらり。

44歳以前の書斎? 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (27)

この企画展の部屋は
開高健先生44歳以前に
使用ていた書斎と思われます。

学生時代の開高健 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (13)

学生時代の開高健

晩年の雰囲気とは違って
細くて見るからに秀才そう(笑)

牧洋子と開高健 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (19)

開高健と牧洋子

こんなに仲の良かった時代も?

苦笑

哲学者の小経 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (5)

さ、今度は哲学者の小経から

悠々として 急げ。 開高健

もともとはローマ帝国の
初代皇帝アウグストゥスの語った
ラテン語 “Festina lente
(フェスティーナ・レンテ)”が
語源だそうで、「良い結果を
早く得るには、丁寧に進めなさい」
とか、「急がば回れ」に近い訳とか。

それを開高健先生に語らせると
「悠々として 急げ」という
大河の流れのような美しい
響きの言葉に変わるわけですね。

朝露の一滴にも天と地が映っている。 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (39)

朝露の一滴にも
天と地が
映っている

開高健

明日、世界が滅びるとしても、今日、あなたはリンゴの木を植える 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (38)

明日、世界が
滅びるとしても
今日、あなたは
リンゴの木を植える

開高健

もともとはルーマニア出身の詩人
コンスタンチン・ビルジル・
ゲオルギウ(1916-92)が書いた
小説「第二のチャンス」の巻末に
宗教改革家マルチン・ルターの
言葉として引用されていた言葉

明日、世界が
滅びるとしても
今日、わたしは
リンゴの木を植える

を開高健先生流に
「わたしは」のところを
「あなたは」にアレンジしたもの。

実はマルチン・ルターが
この言葉を実際に使ったという
証拠は見つかってないそうデス。

但し、ルターなら使っていても
おかしくない言葉として
既成事実化されているとか。

遠い道を ゆっくりと けれど休まずに 歩いていく人がいる。 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (37)

遠い道を
ゆっくりと
けれど休まずに
歩いていく人がいる

開高健

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (36)

この地点は
匍匐前進の必要ありデス(笑)

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (35)

テラス 中庭 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (34)

裏庭

開高健記念館 開高健旧邸宅 サンルーム kaikoken_museum (46)

サンルーム

開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (33)

テラス 中庭 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (32)

テラス 中庭 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (29)

さ、開高健先生44歳の時に
増築された建物にある書斎が
いよいよ目の前に!(興奮)

44歳の時に作った書斎 開高健記念館 開高健旧邸宅 書斎 kaikoken_museum (49)

併設されたサンルームより
開高先生生前のままの書斎を
ガラス越しに見ることが出来ます。

44歳の時に作った書斎 開高健記念館 開高健旧邸宅  書斎 kaikoken_museum (48)

44歳の時に作った書斎 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (28)

書斎 机の上 開高健記念館 開高健旧邸宅 kaikoken_museum (21)

26年前の1989年12月、
当時のままの書斎が今そこに。

因みに離れを増築した理由は
もともと家族から逃げるように
杉並からこの茅ケ崎の新居に
ひとり引っ越してきたのですが、

程なくして、
妻の牧羊子と娘の道子が
居座るように住み着いた、
それで仕方なく離れを増築した。
そんな経緯だったそうです。

生前にこの書斎で
南川三治郎氏が撮影した
貴重な写真を2枚見つけました。

コチラコチラでご確認下さい。

旧邸宅訪問と言えば、
白洲次郎さんの武相荘以来でしたが、
この開高健先生の旧邸宅も
その人となりや生き様を
垣間見ることができる
素晴らしい地でありました。

開高健記念館

住所:
〒253-0054
神奈川県茅ケ崎市東海岸南6-6-64
Tel & Fax: (0467) 87-0567

開館日:
毎週、金・土・日曜日の3日間と祝祭日。
年末年始(12月29日~1月3日)は休館。
また展示替え等のため、
臨時に休館することがあるそうです。

開館時間:
4~10月 午前10時~午後6時 
(入館は午後5時30分まで)
11~3月 午前10時~午後5時 
(入館は午後4時30分まで)

入館料:無料

交通:
JR茅ヶ崎駅南口より約2Km。

東海岸北5丁目バス停より約600m
(辻堂駅南口行き 辻02系 辻13系)。

コミュニティバス
東部循環市立病院線・松が丘コース
15番バス停「開高健記念館」下車すぐ。

駐車場:
普通車7~8台の駐車スペースあり

何度でもお邪魔したくなる場所デス。