2024 大阪・京都の旅 vol.10 修学院離宮。

修学院離宮

2024.11.23 sat 15:00


今年9月、山種美術館にて
東山魁夷《緑潤う》を鑑賞して以来
どうしてもお邪魔したくなったのが
1655年、後水尾天皇の別邸として
比叡山の麓に造営された

修 学 院 離 宮 。

実は当日参観狙いで
お邪魔したことはあったんだけど
当日参観の定員いっぱいで
門前払いを食らった経験あり(汗)

なので桂離宮同様に
事前予約に応募しておいたってわけ。

因みに東山魁夷の《緑潤う》はコレ。

東山魁夷《緑潤う》

新緑のシーズンに描かれたので
色彩はぜんぜん異なるけど
隣雲亭から浴竜池を臨んだ構図は
ほぼほぼ同じでしょ?

ま、そういう経緯があって
どうせならと紅葉のシーズンにお邪魔した次第。

修学院離宮

さ、曼殊院門跡からの道中
いよいよ横目に修学院離宮が見えてきた。

但し、桂離宮のように
受付専用の建物はなくて
門の前で係りの人が立って受付

そのせいか参観料はなんと無料!?驚

で、表総門が開かれると・・・・・

修学院離宮

いきなり気品のある高貴な森が目の前に広がり、、、

なお、ロッカーは門の右側の建物内にあるみたい。

修学院離宮

総勢40名ほどの参観者でいざ突入(笑)

修学院離宮

陽に照らされると綺麗な紅葉も。

修学院離宮

まずは下離宮(下御茶屋)の寿月観へ

修学院離宮

修学院離宮・寿月観

下離宮・寿月観

「寿月観」の額は後水尾院筆

寿月観は後水尾院行幸時の御座所となった建物だ。

修学院離宮

飛び石がええ感じ

修学院離宮

修学院離宮

修学院離宮

修学院離宮

筆・岸駒《虎渓三笑》の襖絵

修学院離宮

修学院離宮

筆・原在中

修学院離宮

続いては中離宮(中御茶屋)へ移動。

修学院離宮

修学院離宮

修学院離宮

修学院離宮

田園風景でさえも品格があるネ。

この辺の田圃や畑も
景観保護のため
国がぜんぶ買い取ったとか。

修学院離宮

中離宮表門到着。

修学院離宮

修学院離宮

左の建物が楽只軒
右の建物が書院造の客殿

「楽只軒」の名の由来は
『詩経』の「楽只君子万寿無期」から
後水尾院がとって命名したそうな。

コチラの扁額も後水尾院筆である。

修学院離宮

楽只軒は飛ばしてまずは客殿のほうへ

客殿一ノ間にこの霞棚。

この贅沢な棚は桂離宮の桂棚
醍醐寺三宝院の醍醐棚とともに
「天下三棚」のひとつとして知られる。

修学院離宮

部屋の雰囲気が琳派な感じで良し。

修学院離宮

新しめの画で作者も画名も分からず。

修学院離宮

杉戸には祇園祭の岩戸山と放下鉾の画。

修学院離宮

コチラが楽只軒

修学院離宮

作者未詳の「竜田川紅葉図」

手前の部屋の床の間に
狩野探信筆「吉野山桜図」が
描かれていたようだが角度的に撮影できず。

さ、続いては上離宮(上御茶屋)へ

修学院離宮・上離宮・御成門

上離宮・御成門

修学院離宮

隣雲亭

巨大な人工池の浴龍池を
見下ろすことができ
先の東山魁夷の《緑潤う》も
この場所から描かれたそうな。

そして、、、

修学院離宮

紅潤う。

シビレるような美しさだ。

修学院離宮・楓橋

但し、この頃から
雲行きが怪しくなりまさかの雨に(涙)

加えて令和6年3月15日(金)まで楓橋が工事中(涙)

修学院離宮

修学院離宮

修学院離宮

とはいえ浴龍池周りも
文句の付けようのない素晴らしい景観。

後水尾天皇 Good jobである。

さてと次回は緑潤う季節に来るとするかな。

 

□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□

止まると沈むんかい!?笑