2025.12.2 tue 12:00
燃える紅葉の教林坊にて
日本屈指の庭園を堪能したあと
再びレンタサイクルを
15分ほど漕いでやってきたのが・・・
織田信長公最後の居城・安土城跡
このポコポコとした
3つの頂があるのが安土山。
信長公が安土に作り上げた
楽市楽座の城下町は既に無く
国破れて畑や田圃が広がるばかりだ。
無念、信長公。
安土城考古博物館から見た安土城。
中央の山に天主跡
左の山に旧総見寺跡が今もある。
安土城考古博物館に展示されてる
ジオラマで見るとこんな感じ。
ちょっと分かりにくいけど・・・
左の山:総見寺
中央の山:天主閣や本丸
右の山:搦手道や重臣の屋敷地
ついに安土山の麓に到着!
入山料は700円
目指す天守閣跡まではおよそ45分
此処が復元された大手道跡。
まっすぐに伸びる大手道は
小牧山城の大手道と同じだね。
ジオラマで見るとこんな感じ。
攻めやすい城の構造になってるのは
天下人ゆえの余裕だからか(笑)
ついでにもひとつジオラマを。
途中に石仏を発見すること多し。
伝前田利家邸跡
どんな邸宅があったのかは不明。
その伝前田利家邸跡の
道を挟んで向かいにあるのが
伝木下藤吉郎邸跡
邸宅の立地から見るに
ふたりとも平取か部長クラスに
昇進してたってことやネ。
木下藤吉郎邸の想像模型
デカっ!
こんな素敵な邸宅なら
ぜひとも再現してほしいぞ。
伝徳川家康邸跡
現在は摠見寺の仮本堂がある。
鐘があったのでもちろん一突きだ。
半分くらい登ったところ。
綺麗な紅葉も見れるし気分良し。
織田信長公の嫡男・織田信忠邸跡
途中二の丸跡付近にこんな変わった石を発見!
仏足石
お釈迦様の身長は
1丈6尺(約4.8メートル)
足だって特大サイズなのだ。
とはいえ、、、
室町時代中期に制作された
由緒ある仏足石に見えるけど
実際は他の石仏たちと同様に
単なる石材として使用されていたそうだ。
本丸跡地
意外とこじんまりした本丸なようで
信長公は天守閣にお住まいだったんかな。
本丸から天守閣の石段辺りはまだまだ発掘途上
これから大発見があるかもしれないぞ。
いよいよ天主台跡へ
ついに天主台跡到着!
此処に5層7階の天守が聳えていたそうだ。
天守閣跡から見える北側の景観
天主台跡の横に見えるのが・・・
二の丸跡地にある信長公本廟
山崎の合戦で勝利した
羽柴秀吉の命で信長公が愛蔵していた
太刀や烏帽子、直垂などが埋葬された場所と伝わる。
石垣の上に乗っている巨大な石は
信長公が自身を神格化して祀ったとされる
「盆山(ぼんざん)」と呼ばれる石という説も。
信長公の次男だった織田信雄公代々の供養塔
清洲会議にて信長公の孫である
三法師(織田秀信)が織田家の後継者となり
信雄公が三法師の後見人となった経緯で
信雄公も三法師と一緒に安土城を居城にしていたこと
また、織田家の菩提寺が
もともと総見寺であったことから
奈良県宇陀市の徳源寺にあった4代の墓を
信雄公の子孫が此処に移したと伝わっている。
さ、続いてはお隣の頂にある総見寺へGO!
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□
すっ飛ばしてしまった安土城考古博物館はコチラでどうぞ。





























