2026.02.04 wed 5:30
1602年、徳川家康の寄進によって
西本願寺から分立した歴史を持つ
「お東さん」の愛称で親しまれている
浄土真宗大谷派の本山・東本願寺
西本願寺より分立した経緯は主に2つの説がある。
1. 浄土真宗の勢力の分散化
戦国時代、浄土真宗(一向宗)は強大な武力と結束力を持ち、織田信長を苦しめるほどの勢力だった。家康はその力を分散させ、幕府に従順な組織にするために、本願寺内部の対立を利用して分立を促したという説。
2. 本願寺内部の継承問題
織田信長と戦った石山合戦の際、徹底抗戦を主張した長男・教如と和睦を受け入れた父・顕如と三男・准如が対立、そのため関ヶ原の戦いの際に東軍を支持してくれた長男・教如を家康は逆に支援する目的で教如に東本願寺を寄進したという説。
重文・阿弥陀堂門
早朝5:30、群青色の空を背にした唐破風の美しい門
奥に見えるのが阿弥陀堂
重文・阿弥陀堂
東本願寺は本尊である阿弥陀如来を安置する極めて重要な堂閣だが、1864年の「禁門の変(蛤御門の変)」で全焼しており、この阿弥陀堂は明治28年(1895年)に再建されている。
因みに西本願寺は「禁門の変」での火災を免れたため、桃山時代~江戸初期のお堂が多数国宝指定されているというわけだ。
奥に見えるのが世界最大級の木造建築・御影堂。
重文・鐘楼
現在の鐘楼に吊るされている鐘は、「禁門の変」の際、火災が迫っていることを周囲に知らせるために乱打されたと伝えられている。
東本願寺境内図
西本願寺とくらべても遜色のない広さ。
さ、阿弥陀堂に入ってみよう。
因みに早朝ゆえか参拝客はほぼいない。
黄金に輝く「内陣」
西本願寺の阿弥陀堂にも負けないくらい絢爛豪華だね。
中央にあるのがご本尊の阿弥陀如来
両端には西本願寺同様に縁起の良さそうな襖絵も。
因みに東本願寺は、京都タワーがすぐ傍に見えるくらい京都駅からも近いんよね。
さ、続いては世界最大級の木造建築「御影堂」へ。
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□
そう遠くない未来に実現しそうやね。












