2025.01.01 元旦 12:00
2025年元旦は天候良し。
ってことで
青春18きっぷを片手に
8年ぶり4度目となる
家康公の眠る日光東照宮へ。
てか、昨年11月末に
二条城の唐門を見たばっかりだし
東照宮の陽明門と比べたくなったのだ。
どっちの門が剛毅かなと(笑)
雪が積もる女体山と男体山が
気持ちよく出迎えてくれた。
都内と比べるとかなり寒いけど
やっぱ日光の空気は気持ちイイね。
美・旧日光市役所
中は入れないそうだけど
次回はもう少し近くで観てこよ
板垣退助像
戊辰戦争のとき
大鳥圭介率いる幕府軍が
此処日光山に立て籠り
それを官軍の板垣退助が
家康公への不敬に当たるとし
幕府軍を説得し下山させたそうな。
それにより日光東照宮が
戦禍にならなかったことから
板垣への感謝の意味を込めて
この銅像が建造されたそうである。
神橋
神橋の起源は奈良時代末期
伝説によると766年に
勝道上人が日光山を開く際
大谷川の急流を渡れずにいたところ
深沙王が現れて2匹の蛇を放ち
その背から生えた山菅が橋となったそうだ。
通行料は300円だが
対岸への出口は閉鎖されているため
渡った後は引き返さなければならない。
いよいよ日光山の入口だ。
日光山 輪王寺を横目にいざ参道へ
がしかし、、、
げっ!参道はまさかの大行列!?
東照宮拝観券受付所まで1時間以上。。。涙
一の鳥居
京都の八坂神社
鎌倉の鶴岡八幡宮と並んで
「日本三大石鳥居」の一つだ。
畳一畳ほどある巨大扁額は
後水尾天皇の直筆とされる。
裏から見るとこんな感じ。
高さ9.2m、柱間6.7m、
柱の直径3.6mの
巨大な花崗岩製の明神鳥居
そして、この大鳥居を
1618年(元和4年)に奉納したのは、、、
黒田筑前守藤原長政
あの黒田官兵衛の嫡男であり
関ケ原の戦いで大活躍した黒田長政だ。
400年の歴史は重いね。
日本一絢爛豪華な五重塔
1650年(慶安3年)に
小浜藩主・酒井忠勝によって建立。
しかし、1815年(文化12年)に
落雷により焼失ししたため
1818年(文政元年)小浜藩主11代
酒井忠進によって再建された五重塔である。
さて、並ぶこと1時間半!?
日光東照宮の懐かしい境内
徳川家光によって建立された神厩舎
建立当時は徳川家康が
関ヶ原の戦いで乗っていた
白馬「立黒」の厩舎だったと伝わる。
お約束の見猿・聞か猿・言わ猿
悪いことを見ない、言わない、聞かないという教えが込められている。
輪蔵
輪蔵も絢爛豪華だ。
上神庫
上神庫の破風には象さんが!?
赤線で囲った燈籠が「南蛮鉄燈籠」
1617年(元和3年)伊達政宗公が
東照宮に奉納した2基の鉄製燈籠で
ポルトガルから取り寄せた南蛮鉄で鋳造されたそうな。
そして、いよいよ、、、
陽明門だ。
あかん!凄すぎる!
二条城の唐門完敗だ。
陽明門を潜っての拝殿
どこもかしこも絢爛豪華
もちろん眠り猫も健在
奥宮宝塔へ
家康公が眠る奥宮宝塔
鳴龍の音が楽しめる輪王山・薬師堂
いよいよ東照宮ともお別れ。
残念ながら時間がなく
徳川家光公の眠る
輪王寺大猷院への参拝は断念。。。涙
帰り道でBEAMSの店舗を発見!
主にお土産系のアイテムが販売されていた。
やっぱり大好き日光東照宮
関八州の平和を見守るべく
何度でも訪問したいと思うパワースポットだ。
□□□ 東雲乃幸 □□□□□□□□□□
a-ha – As If
来日公演やってくれんかしら?