埋木舎で学ぶ一期一会のおもてなし。

幕末の大老・井伊直弼は凄かった。


おもてなしの元祖といえば利休七則を遺した千利休がよく挙げられますが、桜田門外の変で討たれた幕末きっての悪役として知られる大老・井伊直弼も実は茶道を極めた哲人であり、「一期一会」「独座観念」といった究極のおもてなしの心得を探求しようとした人物であったそうデス。

井伊直弼が茶道から学んだことの集大成ともいうべき著書『茶湯一会集』にこんなことが書かれています。

茶会が終わり、主客一同別れの挨拶を済ませ、客人が一歩露地へ出たなら、どんなに感動が深かったとしても大声でしゃべり合ってはならない。主人は客が見えなくなるまで静かに見送るのがよい。そして、客人が去ったあと、一人部屋に戻って炉の前に座る。間違っても片づけを急いではならない。例え毎回同じ顔触れの客人だったとしても、二度と繰り返すことのない貴重な一期一会の茶会であったと思いを巡らせながら、一人茶を点てて自己と向き合うのが一会の極意である。この時、打語らうものは釜一口のみ。これは辿り着くのが実に難しい茶の湯の境地である。

茶会が終わってからこそが真のおもてなしなのだよと言いたげですよネ。雅人深致の極地デス。

以下、画像は昨年8月に訪れた彦根城二の丸佐和口多聞櫓の丁度向かいにある井伊直弼が17歳から32歳まで過ごした埋木舎(うもれぎのや)と名付けられた屋敷デス。

彦根城 大老・井伊直弼 埋木舎

彦根城 大老・井伊直弼 埋木舎

世の中を よそに見つつも うもれ木の 埋もれておらむ 心なき身は

直弼は家督を継げるはずのない井伊家14番目の男子として生まれます。そのため、自らを花の咲くこともない(世に出ることもない)埋もれ木と同じだとして、その居宅を「埋木舎」と名づけたそうデス。しかし、それでも自分には「為すべき業」があると精進し、決して腐ることなくこの屋敷で国学と茶道を極めていくのでした。

 

□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□□□□

千利休が語り井伊直弼が広めた「一期一会(いちごいちえ)」とは別に「一合一会(いちごういちえ)」という言葉もたまに聞くことがありますよね。

とても良く似た四字熟語ですが、「一合一会」は「一期一会」から派生した、もしくは勘違いして生まれた?昭和風の造語デス(笑)