祝!創業200年 Brooks Brothers展。

― アメリカンスタイルの200年、革新の2世紀 ―


018.10.5 FRI – 11.30 FRI
文化学園服飾博物館

11月8日(木)、創業200年を迎えたブルックス ブラザーズ、その記念展覧会にお邪魔してきた。

当初小一時間程度で鑑賞を済ませるつもりでいたが、何しろ江戸幕府第11代将軍・家斉が治世する1818年に創業されたアメリカの超老舗ブランドだけあって、200年の歴史は予想を遥か凌駕するほど濃く、すべて見終えるのに2時間以上も費やしてしまった(汗)

高品質への飽くなき追及、そして顧客を決して裏切らないという創業当時からの姿勢が200年という壮大な歴史を作ったのだなと実感。

展覧会場は西新宿にある文化学園服飾博物館。

ブルックスブラザーズの歴史は遡ること1818年。

ヘンリー・サンズ・ブルックスにより創業された同社は、NYのキャサリンストリートとチェリーストリートの交差点の北東の角に作られたこの小さな店からスタートした。

ブルックスブラザーズ創業当時の帳簿。

最初の顧客となったのは創業者ヘンリー・サンズ・ブルックスの友人ダニエル・メリット。

しかし、友人ダニエル・メリットは服を買いにきたわけではなく、10ポンドのお金を借りにきただけだったそうだ(苦笑)

1849年より既製服のスーツを発売。

驚いたことにスーツはハンガーに掛けられておらず、裏返して平置きディスプレーされていた。

理由は商品の裏側にまで気を配っているという職人技と品質の高さをアピールするためだったとか。

しかしながら、それから100年以上経過した1966年、英国エディンバラ公フィリップ王配がマディソン街の旗艦店に訪れた際、「店内が乱雑に見えるから商品はハンガーに吊るしてみてはどうか?」とアドバイスされ、それ以降はハンガーによるディスプレーに切り変わったそうだ。

ブルックスブラザーズのシンボルマーク”ゴールデン・フリース(金羊毛)”

創業者ヘンリーの死後、ブルックスは彼の息子たち4人の兄弟に引き継がれ、1850年社名を”ブルックス ブラザーズ”へと変更。その際に金色の羊にリボンが施された伝統のシンボルマーク”ゴールデン・フリース(金羊毛)”が誕生した。

ブルックスブラザーズと言えばアメリカ合衆国大統領御用達ブランドとしてつとに有名。

トランプ大統領までの大統領経験者45人のうちなんと40人がブルックスブラザーズの顧客になっている。

因みに顧客にならなかった大統領は、以下の5人。

第01代:ジョージ・ワシントン
第02代:ジョン・アダムズ
第03代:トーマス・ジェファーソン
第39代:ジミー・カーター
第40代:ロナルド・レーガン

ジミー・カーターは言わずと知れた質素倹約派のため、ロナルド・レーガンは専属テーラーを雇用していたためブルックスブラザーズを着用しなかったそうだ。

もはやブルックスを着ずしてアメリカ大統領にはなれない。

第16代大統領エイブラハム・リンカーン。

大きな黒のフロックコート(レプリカ)が展示されている。

リンカーンは1865年大統領在任中に惜しくもフォード劇場で暗殺されたが、その時もこのコートを羽織って劇場に来ていたそうだ。

第32代大統領フランクリン・ルーズベルト。

第2次世界大戦終盤に開催されたヤルタ会談にてブルックスブラザーズのケープを着用している。

左は英国ウィンストン・チャーチル首相、右はソビエト連邦最高指導者スターリン。

第35代大統領ジョン・F・ケネディ。

ケネディは大統領在任中、2つボタンの細身に仕上げた「No.2(ナンバーツー)」と呼ばれたモデルのスーツを着用していたそうだ。

そして、ケネディはブルックスブラザーズの定番ボタンダウンシャツを一度も袖を通したことがなかったそうだ。その理由は古いアメリカを捨て、新しいアメリカを作ることをアピールしたかったからだという。

名作「グレート・ギャツビー」の著者F・スコット・フィッツジェラルドも顧客のひとり。

レオナルド・ディカプリオ主演の映画「華麗なるギャツビー」では全面的に衣装協力している。

当時撮影に使われた衣装もずらりと観賞することができる。

ブルックスブラザーズの日本人最初の顧客は日露戦争後のポーツマス条約での全権代表を務めた小村寿太郎。

1905年7月25日ポーツマス条約締結のためNYに到着したその日その足で、小村寿太郎はブルックスブラザーズにてフロックコートとベストをオーダーしたそうだ。

今月末の11月30日まで開催予定。ご興味ある方はぜひ駆けつけられたし。

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