15代将軍・徳川慶喜公が
晩年を過ごした駿府の「浮月楼」で
ランチをいただいたご縁から
冒頭の司馬遼太郎の著書『最後の将軍 徳川慶喜』を手に取ってみた。
もともとつかみどころのない人物だと思っていたが
司馬遼太郎の鋭い筆をもってしても
その複雑で難解な性格は、1ミリたりとも理解できなかった。
とりわけ不可解なのが、「王政復古のクーデター」だ。
その計画は、松平春嶽を通じて事前に知らされていたにもかかわらず
慶喜公は何の手も打たず、御所を薩長に制圧され、明治天皇の掌握を許してしまった。
歴史的に天皇を掌握することこそが
政権の正統性を左右する最重要の要素であることなど
慶喜公自身も十分に承知していたはずだ。
それにもかかわらず、もっとも肝心な一点を
あまりにあっさりと薩長に明け渡してしまったのである。
春嶽公の触れ込みでは、
「家康公の再来」とまで称された慶喜公だけれど
やっぱりどこか“お坊ちゃま”気質は拭えなかったのかもしれない。
とはいえ、もし慶喜公が将軍になっていなければ
大政奉還は実現せず、薩長と幕府の内戦は避けられなかったはずだ。
その結果、日本の近代化は数十年遅れていたかもしれない。
そう考えると、ある意味では慶喜公こそ
日本の近代化の最大立役者だったと言えるかもしれない。
そして、頭のてっぺんから足の先まで、1ミリも憎めない人なのだ。
1998年放送大河ドラマ『徳川慶喜』|はまだ観ていない。
再放送を激しく希望する。
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□
この映像、めちゃ笑えるけど
AIじゃなかったら、大変な結末。。。驚
