運 命 感 じ る わ 。
以前コチラで紹介した通り
萬鉄五郎の《裸体美人》に会いたくて
東京国立近代美術館にて開催中の
TRIO モダンアート・コレクションにやってきた。
がしかし、、、
ボクが最も目を奪われたのは
萬鉄五郎でもモディリアーニでも
ヴィクトル・ブローネルでもなかった。
「夭折の天才画家」とも
「なにわのゴッホ」とも語られる
佐伯祐三が遺した渾身の3作品だった。
結論から申し上げよう。
佐 伯 祐 三 マ ジ 天 才 !
PCやスマホの画像を見ただけでは
きっとどこが?って思うだろうけど
目の前で見る生の作品は画像とぜんぜん違う。
荒々しい筆さばきがホント唯一無二
初めてゴッホの絵を目にしたとき以来
否、それ以上の衝撃だった。
まさに狂気が宿っていた。
郵便配達夫(1928)
山本發次郎コレクション
大阪中之島美術館所蔵
パリの佐伯の自宅に
郵便を配達に来た職員に
その場で頼んで即興で描いたそうな。
この絵についてはTV番組など
あちこちで観た覚えがあったが
コレと言って印象はなかった。
でも、実物を前にした瞬間、戦慄が走った。
命を懸けて描いた作品ではないかと。
モデルとなった郵便配達夫然りである。
案の定、本作は
事実上の遺作とも言われ
佐伯の妻・米子はこの郵便配達夫が
この時一度しか現れなかったことから
「あの人は祐三の最期のモデルになるため
やってきてくれた神様だったのではないか」
などと祐三の死後に語っていたそうだ。
《レストラン(オテル・デュ・マルシェ)》(1927)
山本發次郎コレクション
大阪中之島美術館所蔵
この作品は見たことも
聞いたこともなかったんだけど
見た瞬間に「郵便配達夫」に繋がる
荒々しさと神々しさを感じ取れた。
案の定、佐伯祐三の作品だった。
《ガス灯と広告》(1927)
東京国立近代美術館所蔵
パリに行けばどこにでもあるような
ごく普通の道端の風景。
でも、佐伯祐三の手に掛かると
単なる道端の風景がアートになるのだ。
人物の描き方も洒脱だし
広告文字の線描も泣けるほど美しい。
目に焼き付くとはこのこと
自分の目で実物を観るべき作品なのだ。
以上、、、
東京国立近代美術館に駆け込んで
マジ全集中して見ておくんなはれ。
ボクはもう完全に佐伯祐三にハマった
郵便配達夫を目の前にした瞬間にハマったわ。
がしかし、、、
彼の絵に表れてる通り
佐伯祐三の最期は切なかった。
画家として活動できたのはわずか4年。
持病の結核が悪化し精神不調をきたし
1928年8月16日、わずか30歳での衰弱死。
もし佐伯祐三が齢30ではなく
せめて齢50まで生きていれば
至宝の画家になっていたはずなのに。。。涙
さらに不幸は続くもので
いつも佐伯祐三の写生に
付き添っていた娘の彌智子もまた
佐伯祐三の死後、2週間後の8月30日
父を追うかのように同じ結核で亡くなっている。
残された妻・米子の悲しみはいかばかりか。。。涙
合 掌 。
PS.
来年、年間パスを狙ってる
アーティゾン美術館にも
佐伯祐三の絵が5作品も所蔵されてるらしい。
《ガラージュ》1927-28
《コルドヌリ(靴屋)》1925
《テラスの広告》1927
《休息(鉄道工夫)》1926
《広告貼り》1927年
益々年パスを手に入れなきゃだわ。
□□□ 東雲乃呟 □□□□□□□






