御朱印オヤジやってるかい?

御朱印帳

「御朱印」と言えば
達筆な文字を舐めるように
眺めるのも良いが
一緒に捺印される
朱印の形にも注目したい。

たまに猫を見掛けたりする。

東雲乃風


さて、冒頭の御朱印帳は
左が円覚寺の御朱印帳
右が伊勢神宮の御朱印帳。

寺院と神社で帳面分ける
木目の細かい
御朱印オヤジやってます。

しょっちゅう持参するのを忘れ
最近では直虎所縁の龍潭寺
家康所縁の久能山東照宮
持参するの忘れました(涙)

また行かなきゃだわ。

で、最近頂いてきたのが
コチラの御朱印。

御朱印帳 日光東照宮

日光東照宮の御朱印。

「日」に圧が掛かって
御日様が陽明門の上に
昇っている様にも見えます。

御朱印帳 鳴龍

同じく日光東照宮に隣接してる
鳴き龍(薬師堂)の御朱印。

明治政府の神仏分離令によって
輪王寺と日光東照宮が
分離されてしまったため
鳴き龍(薬師堂)のお堂は
日光東照宮敷地内にありますが
輪王寺管轄の寺院になります。

よって寺院用の御朱印帳に
記載いただきました。

なかなかこまい人間なんデス(笑)

 

 

 

 

 

□□□ 東雲乃本 □□□□□□□□□□

大西郷という虚像

美談で彩られたと揶揄される
所謂「司馬史観」を猛烈に
ぶった斬った原田伊織著書の
明治維新考察本デス。

原田伊織といえば以前に
明治維新という過ち
なる著書の紹介もしました。

で、この本の何が凄いか
著者の原田伊織の
何が凄いかって言えば・・・

史実の現場にいたような
まるで明治維新を
自身で体験してきたような
書きっぷりが凄いんデス。

加えて西郷隆盛ただ一人だけが
タイトルにあるような「虚像」と
名指しされているわけではなく、

大久保利通、三条実美、
岩倉具視、木戸孝允、井上馨、
山県有朋といった人物像も
官製史観が生んだ「虚像」と
コテンパに評しているのが
本書の特徴かと思います。

それ故にちょっと胡散臭い
否、かなり胡散臭い(笑)

ま、それは置いといて。

岩倉使節団左から
木戸孝允、山口尚芳、岩倉具視、
伊藤博文、大久保利通

極端なことを言えば
薩摩・長州による討幕など、
己の権力を欲するがための
自己中なクーデターに過ぎないと、
討幕後のヴィジョンなどと
いったものは薩長の首脳には
ひと欠片もなかったと断罪し

その薩長による武力討幕の結果、
身の丈以上の軍国主義が生まれ、
太平洋戦争の悲劇を生んだのだと。

そんな書きっぷりですから
薩摩・長州出身者からすれば
相当激怒する内容やもしれません。

がしかし、

非常に奥深いところまで
考察された書であることは確か、
読んでおいて損はないかなと。

幕末・明治史観の振り幅が
相当に広がったように感じます。

例えば明治維新の道標となった
「戊辰戦争」において
徳川幕府軍から寝返って、
薩長中心の新政府軍側に
いち早く恭順したことで、
朝廷より賞典禄を与えられた藩を
以下、列挙しますと、、、

山内豊信(土佐藩)
大村純煕(大村藩)
真田幸民(松代藩)
島津忠寛(佐土原藩)
藤堂高猷(津藩)
鍋島直大(佐賀藩)
井伊直憲(彦根藩)
浅野長勲(広島藩)

なんと譜代筆頭だった
彦根藩井伊家までもが!?

そして、藤堂高虎藩祖の津藩、
真田信之藩祖の松代藩までもが!

その点から考えると
保科正之を藩祖とした
会津藩がいかに律儀だったかと。

いつの時代も諸行無常の響きありデス。

★★☆☆☆
大西郷という虚像
著者:原田伊織

PS.

薩摩と長州の二藩が
徳川幕府討幕に拘った理由は、
よく関ケ原の戦いによる
積年の恨みからとも言われます。

そのひとつの謂れが
薩摩藩に伝わる妙円寺詣り。

関ヶ原の戦いの敗戦から
島津義弘が命からがら
薩摩の地に生還を果たすも
1500人だった兵は僅か80人に。

その無念の思いが
甲冑に身を固めた鎧武者が
20キロの長距離を練り歩く
「妙円寺詣り」として
今も薩摩の地に伝わっています。

同じく関ケ原の戦い
戦わず敗戦した長州藩では
こんな習わしがあったと
以前にも書いています。

藩主主催の新年の会において
家臣が毛利藩主に伺いを立てます。

「今年は倒幕の機は如何に?」

そして、藩主はこう答えたそう。

「時期尚早!」

この両藩の徳川憎しの思いが、
本当に倒幕に繋がったのか、
もう少し突っ込んでもらえると
さらに嬉しかったんですが。